2010年4月10日土曜日

身体は温めること


職業訓練校の最初の授業の日を終えて、その前日までは快適な眠りに就いていたが、いきなり不眠症だ。よからぬことばかりが脳裏を過ぎる。

多分今、鬱がきている。
とはいえ、今の私にそれを病院で治療する金はない。さりとて、病院の薬には、若い時分に散々苦しめられてきた。私は医者も薬も、基本的に信用しない、いやできない。

思春期の頃、私は霊感少女で、地獄の苦しみの中で過ごしていた。
物の怪の声を聴き、妖精と戯れた。纏わりつく大勢の人間の思念・想念になかなか打ち勝てなかった。打ち勝てるまで十年以上かかった。
思えば、「勝手に」心配する周囲の大人たちを心配させないように、安心してもらうために、私は医者に処方された薬をのみ続けていた。決して、自分の「病気」のために、その薬をのんでいたのではなかった。

薬で「病気」が治ったのではない。
他人の身体だと思って、無茶苦茶な薬を処方する医者と手を切ったから、治ったと思う。
自己治癒力を最大限に発揮できる環境に自分を持ってこないと、治る病気も治らない、ということはある。

基本的に、私は「いい子」だった。親は決して私を評価しなかったけれど。それは親が、人を評価するとか子どもを褒めるといったことを知らない人たちだったからだ。
家庭で評価されずに育ったことは、私自身の自己肯定感を乏しくさせた。
実は私が生まれてくる価値の無い、常に「死ぬこと」ばかりを夢みる人間だということを、「いい子」であるが故に、人に知られないように頑張って振舞って、このようにまた鬱を呼び込む。鬱がバレないように振舞う。…繰り返す。
繰り返しているうちに学習している。自分なりの、鬱の対処の仕方。

鬱は細部まで見つめてやるのが効果的だろう。でも決して人にお奨めはしない。世間一般では「医者を奨めるのが普通」で「自分で頑張ろうとするのが更に悪い」らしいから。

そんなわけで、眠れない真夜中に鬱を眺めていた。
春のせいかもしれない。校舎や教室など、思春期の苦悩がフラッシュバックで蘇るような環境のせいかもしれない。しかし、原因は「昼間に身体が冷えたせい」だろう。それまでの暮らしの中で、大きく違う点がこれだから。

満開の桜と花冷え。
職業訓練校は、エアコンを入れてくれない。寒さが耐え難かった。まだ「気合」や「根性」を叩き込む教育の伝統が残っていた。こんなところで節電しているふりをしたって、意識の低い公務員しかいない役場ではムダな電気が点けっぱなしだったりする。
何年も社会人できてみると、こういうことはバカバカしい嫌がらせで、理不尽な人権侵害のようにも思うが、多分言っても仕方が無い。仕方が無いから、こうやってブログにでも吐き出しておく。

思春期の頃は制服で、スカートと生足だったから、常に身体が冷えていた。股引やらパッチをはこうものなら「校則違反」になるからと、寒さから身を守ることができなかった。「若さで乗り切れ」だとさ。
きちんと身体を温めて過ごす知恵だけでもあったなら、思春期の私は霊感(冷感)少女ではなかったかもしれない。
 

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