2010年6月4日金曜日

『エルメスの道』

 
エルメスでさえ、初代が自分のアトリエを構えるまでに積み重ねた時間はそれなりに長い。

私は今、職業用ミシンを買って部屋に置く場所について悩んでいる。1Kからせめて2Kぐらいに引っ越したいが、今移動しても獲らぬタヌキの皮算用になりかねない。
今の部屋は手ぜまで使いにくいには違いないが、それでもここで精一杯、きちんと成果を出してから次のステップを踏んだ方がいいのかもしれない。
安易に得るものは、失うのも早いかもしれない。だからもう少し、現状で工夫しながら辛抱してみよう。

さて。

FB(ファッション・ビジネス能力)検定の勉強も兼ねて、竹宮恵子の『エルメスの道 (中公文庫―コミック版)』を借りて読んだ。このマンガは、竹宮恵子がエルメスの社長から直々に依頼されて描きあげたという、エルメスの社史である。
ブランドに疎い私()だが、エルメスという会社が一流である理由がわかった。

たとえば私がエルメスのスカーフを身に纏っても、私の良さとエルメスの良さが相殺しあうようで、あれは決して私が持つべき商品ではないように思う。けれど、エルメスがどういった会社なのか知るほど、エルメスをエルメスたらしめた、代々受け継がれた「魂」に圧倒される。

…余談だが、「信仰」とは「魂を受け継ぐ」ということなのだと、チェチェン共和国のハッサン・バイエフ医師が仰っていたのを思い出す。(
さて。

馬具職人が丁寧に代々築き上げたブランドだということ。そして特に大恐慌時代のエルメス社の労使間の信頼関係について、あらゆる労働環境がかくあるべきだと思いながら読んだ。
現在のような不況の中でもエルメス社の労使の信頼関係がどうなのか、知る由もないが、今もそこは変わることがないとしたら、この会社は「フランスの宝」以上のものだろう。世界中がこぞってエルメス社を見習うべきだ。

雇用主も労働者も互いに裏切りあう険悪な風潮のこの社会で、一生懸命「いい仕事ができた」と思い込もうとする人も多いだろうが、本当に「いい仕事ができた」ケースは、実は稀か、殆どが自己満足に過ぎないかもしれない。

この日本という国は、形だけで実が虚ろな社会だったように思うが、近頃は形すら崩れてきている。まるで分不相応なエルメス製品を身に纏った品の無い人が、持っていたエルメス製品を質に入れて手放しはじめたカンジ。崩れるような形のものが崩れることは道理だと思えば、悪いことではないが。

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