2010年6月14日月曜日

何とでも呼べるディテールの話

 
服には色んな衿や袖の形があり、その形にそれぞれ名前がついているが、一つの形に幾とおりもの呼び名があったりする。時代々々やその場の雰囲気で、適当に呼ばれるからそうなるのだそうな。

確かに、とても気に入った形の袖が「キモノスリーブ」と呼ばれていようが「ドルマンスリーブ」と呼ばれていようが「バッドウイングスリーブ」と呼ばれていようが、名前なんてどうでもいい。
この前述の3つの呼び名で呼ばれている形の袖は、似たり寄ったりで区別できないし、またとくに区別する必要もなく、呼びたいように呼べばいいものばかりということで。

また例えば、チャイナドレスなどでお馴染みの衿、「スタンドカラー」の呼称も様々。「マオカラー」「ネルーカラー」「マンダリンカラー」…etc。

このマオカラーの「マオ」とは、もちろん毛主席のことだし、ネルーカラーの「ネルー」とは、インドのネルー(ネール)首相のこと。この方々が着用していたことから、このような名前でも呼ばれるのだと。
そして、同じようなスタンドカラーのことを、スタンドカラーと呼ぼうが、マオカラーと呼ぼうが、ネルーカラーと呼ぼうが、どうやら好きに呼んでいいらしい。
タートルネックのことだって、トックリと呼んだりする。とにかく、呼び名に「絶対にこうでなければならない」といった約束は特に無く、そのディテールのイメージさえ伝わればいいので、それこそ新しい衿の呼び名を作って流行らせてもいいらしい。

ところで「マンダリンスリーブ」や「マンダリンカラー」の「マンダリン」てのは、辞書や教科書には「清朝の高級官史のこと」などと書かれているのだが、これって宦官のことじゃねーの?と思って検索してみると、賛否両論のようで、実際は何だかよくわからない。

しかし不思議だと思う。
袖や衿の形が一つでも、その形の呼び名は何でも構わない。
ところが、汚れきった世の中ではしばしば、いやしょっちゅう、袖や衿とは逆の事情が横行する。
同じ言葉を発しても、「何を言ったのか」よりも「誰が言ったのか」の方がウェイトが高いらしい。
例えば、役場の窓口に境界性人格障害の人が来てもっともなことを言っても相手にされないが、「先生」と呼ばれる類の人が来てもっともなことを言えば、手厚く扱われる。
何だろう、不思議だ。
 

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