2010年7月17日土曜日

春夏冬中

 
関連過去記事(2009年11月~2010年2月)

私が「ふんどしを作っている」と人に言うと、「ふんどしって、最近流行ってるよね」という反応が返ってくる。
私は家にテレビが無いので、ふんどしが流行っているかどうかは知らないのだが、聞くところによると「締め付けなくてよい」という理由で着用する人が出てきているのだとか。
「締め付けない」ふんどしというと、恐らく最近流行っているらしいふんどしとは、いわゆるいかにもふんどしらしい形の越中褌のことではなかろうか、…と私は推測するのだが。

私が作っているふんどしは、もっこ褌という、「ゆるさ」よりも「かっちり」着用できる、Tバックタイプのものである。
私がこのもっこ褌の形を気に入ったのは、Tバックゆえに「アウターにひびかない」という理由だった。
自宅のリラックスタイムだけの着用が目的ならば、越中でも構わないのだが、そもそも私がふんどしを作り始めた理由が「貧しさ」からしょーもない安かろう悪かろうという下着を買わざるを得ない、自分自身の現実の状況に歯向かうことだったので、日常着用できるものでなければ作る意味が無かった。(
また、素材も昨今の下着は大方ナイロン、レーヨンと化繊のものばかりなので、せめて貧しいならば、知恵を絞って天然素材の、量産品には無い良さを自分なりに求めてみようと思った。
それゆえの綿・絹素材なのである。

と、そんな思いでふんどしを作りはじめたが、販路を構築しなければならない。
バカほど売れるモノでもないし、更にバカほど売れても、現時点では日々に忙殺されて、それほど製造に時間を割くこともできない。
だからネットショップの方も開店休業の状態で、主に手作り市や近所の公的な催しやバザーに出品する程度である。
今日も地域で催される祭に出品しようと、その会合に出掛けていった。

しかしここで、ふんどしというのは私にとって、人に出会って交流するためのツールなのだ、ということに気付いた。
私が「ふんどしを作っている」と言えば、様々に反応が聞こえてくる。手作り市に行けば、お客さんたちから色んな話が聞ける。
ふんどし片手に、この先どんな人に出会うのかを考えると、私の心は時めいてくるのだった。

そうしてふんどしをせっせと作り始めて、あれこれ思索を深めていくと、思ってもみなかったところに辿りついた。
「女性用の布ナプキンも同時に提案してみてはどうか」
という意見に出会った。
そうなのだ。女性のふんどしとは、元々サニタリー用品だった。また、現在のように下着を纏う習慣が一般的になったのも明治以降で、それ以前は殆ど皆ノーパンだったとか。

実はそういった女性の下の事情の歴史について知ることになったのも、ふんどしを作り始めたことがきっかけだった。作る手前、どうしてもその源流を遡らなければならなかったために、出会えた事実だった。

と同時に、女性自身まだまだ女性の身体の知恵を周知されていない現代社会のただ中に私が存在しているということに、愕然とした。なんだったんだ、生まれてこれまでの日々…。

しかし、ふんどしと抱き合わせで布ナプキンを扱うとなると、これは商売というよりも、女性の身体性を取り戻すための社会運動的な色合いの方が強くなる。というか、「レディースふんどし」と銘打っている時点で、それとは知らずに社会運動になってしまっていたかもしれない。


さてここで。
衣服が十人一色だった時代に「スキャンティ」を考案し、女性の下着の革命を起こした鴨井羊子(1925~1991)と、貧しさからふんどし作りに至った私との違いについて考えてみたい。

まず、私には人づてが無い。新聞記者から下着デザイナーに転身した鴨井羊子には、それがあった。しかも世間での場数に長けており、聡明だった鴨井羊子は、大物ともわたり合えた。

当時、最先端の素材だった化繊のナイロン・トリコットに鴨井羊子は目をつけた。鴨井羊子は白い綿パンに歯向かったのだったが、私はというとその逆で、目をつけたのは綿と絹だった。綿は扱いやすく、絹は抗菌性が高いというのがその理由。

鴨井羊子が考案したデザインは、当時は奇抜であり、フリルやレースをあしらったフェミニンなものだったが、そういうデコレーションは私にとっては余分であって、私はシンプルなものを好む。どちらかというと、私はバレエの衣装よりも、練習用のレオタードの下に着用するファンデーションぐらい「何もない」下着が好きだ。

また、鴨井羊子の時代は、モノがまだ無かった。作れば売れた時代。しかし現在、モノは溢れており、経済はソフト化を目ざしている。

鴨井羊子自身はあくまで「商売」にこだわったらしいが、結果的にその斬新なアイデアは社会運動だったと言ってもいいのかもしれない。現在、「かわいい」色とりどりに様々な下着が巷に溢れているのも、その結果だろうから。

そして私も社会運動がしたいのかというと、そういうわけでもない。しかし、ふんどしのみで大きな商売にはならないし、むしろふんどしを作るのは個人的な趣味と「楽しみ」の領域に過ぎない。そうであれば、できるだけ細く長くふんどしを作り続けることを考えていきたい。
と考えると、私がふんどしを作り続けることは、結果的に社会運動にならざるを得ないかもしれない。


あれこれ考えなければならないこと、練り上げなければならないことがあるが、現状でのふんどし作りの課題は、人前に出せるだけの形づくりということだろうか。
昨今、VMD(ヴィジュアル・マーチャンダイジング)ということは切に重要だ。
そんなわけで、現在、ネットショップの見栄えをどうにかしたいと悩んでいるのだが、私一人で何もかもは手に負えないという答えに至ろうとしている。
Webデザインのプロなんかに依頼すると、これはいかほどの値段で引き受けてくれるものなのだろうか。…まだ怖くて、誰にも相談できずにいる。


 


 

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