2010年7月28日水曜日

“労働者に求められるものは、たんなる労働ではなく、英雄的労働、犠牲的労働、おそらくは死の労働である”

 
それにしても時代は変わってきたな。
かつてなら「自分で考えない人」「言われたことだけを確実にできる人」が重宝されたけれど、今は「自分で考えて行動できる主体性のある人」「言われたことだけをやるのではない人」を企業が求めるのだとか。
私は主体性のカタマリだけれど、歳が歳だし、根が革命的な共産趣味者だから、企業には敬遠されそうだ。
面接担当者に「お前、人間として魅力あるけど、仕事には怖くて使えねぇ」という理由で切り捨てられそううだ。

人材もレディーメイドであって欲しいと企業様は望んでいたが、「育てなければ」と思い始めているらしい。
「お前の代わりはいくらでもいる」と言われていた頃から、誰にも育てられずに、勝手に育ってしまった私が、今更企業様に育てられるとは考えづらい。

  • コミュニーケーション能力が高い
  • きちんとあいさつができる人
  • キレない、ガマンのできる人
  • ルールを守れる人
  • 上司の口答えしない人
  • 自分の意見を言える人
  • 自分からも上司に話しかけられる人
  • 言われたことしかやらないのではなく、自分から仕事ができる主体性のある人…

などと、「企業はこんな人材を求めている」話を聞かされた。
私には「俺たちが求めているのはこんな奴隷」にしか聞こえないが、無理もない。
長年、使い捨ての安い労働力として耐えてきたガマン強さは、既得権益に守られた人々とは比べものにならない強さだし、コミュニケーション能力の高さが30回に及ぶ私の転職回数の手助けとなった。

しかし、むやみやたらにガマンだけをできない年齢になった時に、金額に見合った仕事しかしないよう、自分で調整するようにはした。喜んで仕事をやってあげていると、彼奴ら、図に乗って手が着けられなくなる。
どんどん足元を見て、ホメ殺しにきて、無茶苦茶をふっかけてくる。

近頃は中国の労働運動が活発なこともあり、また日本の企業が「ごちゃごちゃ注文がうるさい」ということで、中国での縫製の仕事も受けてもらえないという。
だからって。

「縫製工3名、月給(日給月給)11万円、福利厚生・賞与・昇給なし、休日日曜・隔週土曜、8時半-5時半、残業あり」

という暮らしていけないような奴隷労働の求人が学校の掲示板に貼りだされた。誰も志望しない。
今尚ねちねち読み進めている『終末と革命のロシア・ルネサンス (岩波現代文庫)』にあった言葉が脳裏を過ぎる。

“労働者に求められるものは、たんなる労働ではなく、英雄的労働、犠牲的労働、おそらくは死の労働である”『赤色労働』

それにしてもこんな求人を出す会社は、こんな風に意識の低さを露呈され、晒されて恥ずかしくならないのだろうか。何の希望も描けない仕事に就こうと誰がするだろう。「こうでないとうちは潰れてしまう」なら潰れてしまえ。そんな奴隷労働のために学校で縫製技術を習得しようとしているのではない。

人間をあまりむやみに粗末にするような会社は、本当にいかがなものか。
こういった待遇であれば、雇われるよりも自分で仕事を興して売っていく方が、儲けが少なくてもまだ希望が持てる。

先頃行ったインド衣料品の展示会()で思った。縫製工はインドで腕のいい職人を見つけて直接取引きした方がいい。何しろあちらには熱意と熱気がある。
人件費を削っても儲けたいのにその取引をする能力も無い経営者の会社なら、尚更御免。


 

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