2010年8月19日木曜日

45度の宗教

 
盆休みが終わり学校に行くと、就職活動の一環ということで、厚生労働省監修の企業の面接のVTRを見せられた。
VTRを見ている間、隣に「白い魔女」()がいて、ことあるごとに二人で映像に突っ込みを入れていたからこそ、眠らずに最後まで視聴できた。
もう30回近く転職している私は、接遇の研修だのマニュアルだのといったものに数々出会い尽くしているので、この度見たVTRも制作者がふざけているようにしか見えなかったのだが、それをいけしゃあしゃあとゴーサインを出してVTRを流出させるお役所の目の節穴っぷりに恐れ入った。

この国には、最敬礼のおじぎの角度は45度などという教義の、奇天烈な「宗教」がある。
これができれば晴れて社畜になれるが、できなければ「社会人()らしからぬ振る舞い」ということで、打ち捨てられるということらしい。
私はこの年齢まで「誠意」の心技体一貫した動きの方が大事だと思っていたので、おじぎの角度など計算したことは無かったが、私のおじぎの角度が45度ではなかったために、不快な思いをされた方がこれまでいらっしゃったのかもしれない。まぁ、そんな話は一度として耳に入ったことが無かったので、私は今まで気にすることなく過ごしてこれたのだが。
しかしそういったことで不快になられる、45度の宗教の信者の方々がおられるのである。そういった方々への気遣いを「社会人」ならばできなければならないのだろう。

また、ビデオの啓蒙する内容では一貫して「良い例」を女子学生風が、「悪い例」を男子学生風が演じているのだが、これを見た男子学生がニートになってしまいそうな。
ことごとく「良く出来た」女子学生を褒めちぎり、男子学生は態度の悪さをけちょんけちょんにけなされるばかりの映像。こういうものを垂れ流しさえすれば、社会は男尊女卑ではないアピールになるとでも勘違いしているのだろうか。男女差別をこのようにあからさまに増長する映像に税金が使われているのだが、これを好ましいと思う向きも世の中にはあるのだろうか。
それか、経済界と口裏を合わせた「ニートを増やそう」という国策が、もしかすると隠密裏にあるのだろうか。

私には、世の中のことがわからない。
恐らく腹芸こそが世の中なのだろうと、憶測するのみである。

たとえばあらゆる応対で必須ともいえる「感謝」についても。
「私の今の幸せのために苦しんで死んでくれてありがとう」などと感謝することが弔いになるなどと思っている人が多い世の中だ() 。全くトンチンカンな筋違いなところで感謝をするという作法を刷りこまれて、感謝とはこのようにせねばならない、などと思うのだから、「誠意」だの「実」だのということを伝える方が難しいかもしれない。
だからこんな怪体なVTRが公的に流されるのだろう。
 

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