2010年9月14日火曜日

文学って素晴らしい

 
読書の秋である。

人身事故で通学の電車が立ち往生していた。
およそ1時間半、電車に押し込められた状態で、そこまで苦労して学校に着いて遅延証明を提出しても、1時間目は欠課扱いになる。不条理な縛りの多い雇用保険や生活支援給付金を受給しながらの学生にとって、憤懣やるかたなしのシステムではあるが、だからこそ、線路に飛び込んで死んで大幅にダイヤを狂わせる人の気持ちもわからんではない。

そんなスシ詰め状態の電車の中で1時間半、私は旧ソ連の反革命的作家プラトーノフ()の『ジャン』を読み耽っていた。
文学って、素晴らしい。ふつうならイライラするはずの1時間半が、あっという間だった。しかし周りから見たら私は、かなりキモい感じで含み笑いをして過ごしていたと思う。
この作品の、心の輪郭を薬指でそっと丁寧にくまなく撫でていくようなところが、とても私好み。切ない非モテの描き方も、微に入り細に入りで、「あ、わかるわかる、そうそう」ととっさに思う。言いえて妙で心に寄り添ってくるカンジが、プラトーノフ心憎し。
また、この物語の主人公、黒髪のチャガターエフ青年が、ピュアで真っ直ぐで、ナーバスなんだけれどもそれを心の奥底に忍耐強く沈めているカンジが、ストイックで、これまたたまらんのだ。さらっと読めてしまうハーレクインなんぞより、こっちの方がよっぽど官能的だ。
更に、ここ。
ナザール・チャガターエフは、一休みして夜宴のための着がえをしに、母校の庭から寮に行った。ベッドに横になると彼は、青年時代にのみしばしばある、思いがけぬ肉体的幸福感をいだきながら、いつしか寝入った。
「青年時代にのみしばしばある、思いがけぬ肉体的幸福感」。こんな思いがけない素敵な言い回しをするか。これからは私もオナニーのことをそう言おう。
と、学校に着いてから「白い魔女」()らと共感を分かち合おうと、その話をすると文学談義で大いに話が膨らんだ。

ところで、「こわい毛」って何だろう。この表記はプラトーノフの『ジャン』の中にもW.B.イエイツのケルトの民話集の中でも見かけた。
「それは、チリ毛のこと?」
「いや、じんじろ毛って言う」
「何を言っているの。こわい毛のこわいは、こわ飯と同じ固いとか強いって意味よ」
「あー、そうか」
などと得心がいったところで。

読書の秋である。文学って、素晴らしい。

 

0 件のコメント:

コメントを投稿