2010年9月28日火曜日

秋風の日々つれづれ

 
通学途中のバスの中から見ていた。

白塗りの壁のお屋敷のオッさんが出てきて、高枝切りバサミを使って、道路側まで伸びた自分の庭の松の木を剪定していた。
高いところにある枝を切るのに高枝切りバサミを使うのは、わかる。しかしオッさん、道路の切り落とした枝までも、高枝切りバサミで拾おうとする。手で拾えよ。どうしてそんなやりにくいことをやるんだ、オッさん。高枝切りバサミを使いたくて仕方が無い様子。

「オッさん、切った!あ、掴んだ!」

などと実況していると、同乗のクラスメイトが、「やめてあげて!オッさんを好きにさせてやろうよ!」…

日々、こんな調子である。
さて。

ちらほらと、周囲が就職活動で慌しくなってきた。
塗装科のアスリート嬢()も、位牌の塗装をする仏壇屋に就職が決まりかけたところ、あろうことか、面接当日に寝坊をして破談になるという失態をしでかした。時間と規律に厳しい、ドMのアスリートが、である。そうしてその話は、にわかに伝説となり、近頃心なしか、アスリート嬢が小さく、落ち込んでいるように見える。
しかし、「まさかあの人に限って、そんな…!」と思うような出来事。きっと彼女の運命が、その仏壇屋への就職に「待った」をかけたのだろう。インスピレーションは思いがけぬところで働く時がある。

私のクラスでも、熱意あるオーダーメイドの社長の会社の求人票が、皆の注目を集めていた。
「この社長の下で働けば、確かな技術が身につくだろう」と、数名がこの会社の見学に訪れた。そして面接に行こうと決意を固めかけた子も現れたところ。しかし、社会保険や福利厚生等が全く無いあたりが、その子が決意にもう一歩踏み切れない原因だった。
更に改めて、この会社の求人票を見ると、社長の直筆なのだろう、達筆だが、異常接筆なのが妙に気にかかる。
間違いなく、ありがちなやり手のワンマン経営者だ。確かに、私であっても、ついて行けるかどうか悩むところかもしれない。
そうしてしばらくすると、就業しても求人票どおりではなく、一年間はほぼ無給で、一年経っても時給700円のアルバイトという、これは仕事か?と思うような内訳だったことが判明し、決意を固めかけた子も結局、面接を辞退した。
まぁ、生活が安定して潤っている有閑マダムあたりなら、この仕事にやり甲斐を見出せるのだろうが。

難しい。本当に難しい社会だ。ぼちぼち私の生存権にも関わってこようとしている。
私もこの学校を出ても、アパレル関係の仕事に就けるかどうか。アパレルと限定しなくても仕事に就くこと自体が難しい。
とりあえず、先々生きていることを前提で自分自身の将来像を考えるとすると、この学校を出て最低限、「自分の服とダンナの服をこの手で全て仕立てられる私」に仕上がっていたい。

労働者の賃金をピンハネして作っているような衣服や製品を安易に買わない。貧しくとも、できる限り着るものに不自由しないようにしたい。いいものを自分で仕立てられたなら、それだけで大いに家計の助けになるだろう。
 

0 件のコメント:

コメントを投稿