2010年10月8日金曜日

踏まれたり蹴られたり

 
ものもらいで片方の目が開かない。
お不動さんが戒めに来られた。とっさにそう思った。

今週は踏まれたり蹴られたりで、散々だった。
風邪をひき、熱が出て、やむをえず学校に欠席の連絡を入れた。
生活支援給付金を受給しながらの訓練校通いなので、制度上、医者に行って診断書を貰ってくれば、受給条件にひびかないということを先生に言われ、私は医者に行って金を払って診断書を書いてもらった。

ところが、翌日フラフラしながら学校に行くと、その診断書が必要ないことが判った。給付金の受給条件は「8割以上の出席」なので、出席日数が8割を切ることが無いうちは、診断書は要らないどころか、8割を切ったとしても、診断書は要らない。
診断書ではなく、所定の様式の証明書に、医者のサインをもらわなければならないとか。しかもそれは、3日以上休まなければならない傷病の場合。

私はただ、欠課届けを提出するだけでよかったにも関わらず、数千円払って医者に不必要な診断書を書いて貰ってしまった。これが裕福なお宅なら、どうということはないが、私のように糊口をすすって生業する身の上では、この不必要な出費は痛過ぎる。先生は公務員なので、おうちが裕福だから、不必要な診断書の数千円くらい、何てことの無い金額だとお思いだったのか。

先生は私のところに謝りにきて、こう言った。

「ごめんなさい。でも、私、診断書じゃなくて、証明書って、言ったと思うけど…」

先生が子どものように、帳尻あわせのウソを捏造する瞬間に立ち会ってしまい、愕然とした。(
と同時に、こういう瞬間、グレる子はグレていくんだろう。グレる子が何故グレるのか、という瞬間を目の当たりにした思いがした。
信頼関係の失墜。この修復にはかなり時間が要る。

先生の謝罪の言い分は、先生はちゃんと説明したから悪くはなくて、生活支援給付金のシステムを理解していない、私が悪い、というただのなすりつけなのだ。先生自身が「悪くない」とお思いならば、私に謝っていただく必要など無いのだ。
「診断書」か「証明書」か。もしも本当に先生が「証明書」と言ったのであれば、私はいくら熱で頭が朦朧としていたとしても、その瞬間に「診断書か証明書か?」を問い正したであろう。

所詮先生も人間だから、完全ではなかろう、間違うこともあろう。しかし、私も完全ではないし、怒らざるを得ない状況ではそのようにせざるを得ない。そもそも、こういう制度のややこしいところを説明することが行政の仕事である。(訓練校の職員は教員ではなく、行政の管轄の職員である。)ややこしい制度を理解してナンボの仕事であるという意識が無いのは、大変困ったことである。一度思い切り頭をぶつけなければ、人間目が覚めないということも、往々にしてある。

私は風邪で体力も落ちているというのに、久々に立て板に水の怒髪天で吠えた。

「悪くないなら謝っていただく必要は無いんですよ。謝っていただいても、今後こういうことの無いようにする、という以外に、どうしようもないですから。それよりも、これはシステムですから、この給付金のややこしいシステムを理解していなかった、私が悪いと仰るならば、行政の仕事はこのややこしいシステムをシステムの利用者に理解できるように説明することでしょう。それができないのは、職務怠慢という他ないじゃないですか!」

「…そんな、あなたが悪いなんて、思っていない。以前は確かに診断書でよかったし…」

と、先生がどんどん小さくなっていった。
怒るのはしんどい。私は怒りたくはない。むしろ、怒らずに生きていたい。こんな風に怒ったからって、きちんと今後の反省に結びつくかどうかは、私の知るところではないし。
熱で頭はフラフラするし、身体はしんどいし、言いたくないことは言わなければならないし、診断書代のムダ銭は失うし、本当に、踏まれたり、蹴られたりで、ボロボロだ。

そうして、風邪の熱の疲れが、片目にドッと押し寄せて、今、ものもらいで片目が塞がっている。
お不動さんは片目を閉じて怒った顔をしている。あれは、両目を開けて物事を見てしまうと、マジギレせざるを得ないから片目を閉じておいでなのだとか。
 

0 件のコメント:

コメントを投稿