2010年11月30日火曜日

強くそして痛々しく

 
まったく、俗物に疲れた。

たとえば。

職安で紹介されたウソの求人票に騙されて、蟹工船の周旋屋のような悪徳会社で、大企業の下請けの仕事をさせられたものの、求人票に書かれた条件も額面もウソだったから、働けど働けど暮らしは楽にならず、ついに恐慌がきて職をうしなった男の嫁が、自分も働いて稼げるようになるべく、糊口をすすり、公的支援を受けながら職業訓練校に通うが、その職業訓練校には、自分の夫が前働いていた大企業の正社員の嫁が同じように失業保険を受給しながら通っており、身の回りを高級品で固めた正社員の嫁からは、訓練を休んで友達と欧州グルメ旅行に出掛ける話を聞かされ、先の男の嫁は楽しく共感して正社員の嫁の話に耳を傾けられるだろうか、傾けられないだろうか。

なかなか古典的で、しかも劇的な愛憎のシチュエーションである。

色んな状況があって、その中で私はよくやっているな、と思うが、案外かつて芝居をかじった経験が、暮らしの中で役に立っている。
自分をつき放して、自分が置かれた全景と、今私が演じている役は何か、などと、こういう状況で遊べるからである。これを知らなかったら、私は抑え難い激しい感情に呑みこまれて、ダメになっていただろう。

世の中の公平の中で不公平は生じるものなどと、それらしいことで納得したところで、残念ながら、不公平に扱われた者は、不公平に決して納得しないものだということも、同じように言えるのだ。

自分の今の状況で味わえる感情のすべてを、ていねいに味わいつくそうとすることで、色んなことが見えてくる。
 

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