2010年11月18日木曜日

VS.駅リン(前編)

 
 
見渡すと、一生懸命仕事をしているふりをしなければならないある種の人々は、こうすれば人の心を動かせると、信じているらしく、本当に「かけ声」が好きだ。

本当に人の心を動かしたいなら、分をわきまえ、相手の目線をわきまえて、まずは上から物を申すのをやめればいいと私は思うが、この種の人々は、ぬるま湯育ちの陳腐な「平等」を盲信しているせいか、何が上か、何が人の心を傷つける落書きなのか、恐らくコアの部分を理解できない。私はそう感じた。



相手の目線がわからないのに、相手のために「役に立っている」つもりになって、自己満足することが「ふつうのこと」だとしたら、実は世の中はおそろしく役立たずだらけ、ということだ。

…(※前日の記事から抜粋
 
できれば、心穏やかに生きていきたい。
しかし、私に「成敗してくれ」とばかりに、私の心の平安を乱す輩どもが目の前に現れる。
斬らねば。これは神が私に与えたまうたさだめなのだ。…


天気の好さそうな日は、できるだけ駅から学校までレンタサイクルを利用するようにしている。そうすると、バス料金よりも一日200円おトクなのだ。

ところが、この駅前の貸し自転車屋というのが、JRの某子会社ひとつしかない()。誰か、この駅前で同じ料金で同業を営んでくれたら、ちょっと応対を良くするだけで敵店潰しができるのに、残念なことに、このJRの某子会社の独占状態なのである。
この独占状態に胡坐をかいた、JRから天下ってきた店番の態度の横柄なこと。全くサービス業に従事する資格も才覚も無いような年寄りに、あんな仕事を与えてのほほんとできるJRという会社の恐ろしさよ。共産主義とはこうなのか、と寒気がする。
客の金を巻き上げて仕事しているフリをするぐらいだったら、年金貰って家に帰って寝とれ、と言いたくもなる。

自転車を借りるのに身分証明書をコピーさせてやるのはともかく、身分証明書をコピーさせてやっているにも関わらず、毎日朝の忙しい時間に、名前と電話番号を紙に記入させられる。
そんなに客を手間取らせない方法なんて、ちょっと考えれば簡単な方法が他にあると思うが、それを考えて実践できない体たらくさも、百歩譲って仕方が無いとしても。

借りた自転車を返しに行っても、店番が組合で守られている規則に則って休憩するためか、店が無人になっており、私は乗るべき電車を見送ってまで、店番が休憩から帰ってくるのを待ち続けなければならない。

しかし「JRの子会社だから仕方がない」と、これまで黙っていたけれど、ある朝の忙しい時間に、私が書いた電話番号に、店番の天下りがエラそうに、「もうちょっと読めるような字で書いてください」と難癖をつけてきた。

この侮辱。
お前、それ、私の字を「汚い」って言っているんだぞ。

そりゃあ、読む気が無いヤツは、どう書こうと読めないだろう。
しかし、常連の客に対して、よくもまぁ、そんな失礼なことが言えるものだ。一見さんに対しても、そんな言葉はありえない。だいいち、身分証明書をコピーさせてやっているのだから、自転車に何かあっても、私の足を辿ることは容易なはず。
それを、いけしゃあしゃあと、この天下りは何様のつもりか、甘えるなと。朝っぱらから叱り飛ばしてやらなければならなかった。

ここで反撃を食らうと想定していなかったのか、わなわなと打ち震え、もごもご言葉を詰まらせる天下り。言葉は詰まらせても、この侮辱に対する謝罪の言葉は一切出てこない。

つづく。
 

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