2010年12月17日金曜日

絶望的な世界を垣間見ている

 
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今、何故私は職業訓練校で服飾の勉強をしているのだろう。

ここへ来て、「服が好き」なクラスメイトたちと交流する中で気づいた。

私は、視覚に惑わされるのではなく、自分が心で感じた最高のものであることが、何かを選ぶ時の基準だと信じて疑わなかったけれど、多くの人にとって、何かを選ぶ基準は、本当に「見た目」だけだということがわかった。

安くてカワイいなら、何でもいい。
モノが良くて安ければ、誰の犠牲の上であろうと、自分が犠牲になるのではないから構わない。
不都合な真実であれば、知らない方がよい。

こういう基準は非理性的で、空っぽで、酷く俗物臭くて、私は吐き気をもよおすと思っていたが、むしろ、見た目に惑わされないモノ選びをする方がマイノリティで、そんな酔狂なことをする、私のような者こそ煙たがられる。

物を作って売る企業は、そういった大勢の俗物の心に、つけいる、というか依存している。
企業と俗物的な消費者は、共依存で首を絞めあう。
酷い俗物が、心につけいられることは、どうしようもない、それこそが俗物の性だと言える。

俗物たちは、拒否したり嫌がったりしない。何でも素直に受け入れ、どんな理屈でもこしらえて、自分を正当化する。「嘘を百回言えば本当になる」という中国の格言は、ある意味、納得できる。
金儲けのためには労働搾取や人権侵害も、そのうち「仕方が無い」「やむを得ない」などと言いはじめる。

先頃、バングラデシュで賃上げを要求した暴動があり、そのニュースは他のニュースに掻き消されて、殆ど人の目にとまっていなかった。(
同じ頃、バングラデシュの衣料品工場の火事で大勢命を落としている。(

たまに本当に、私は死にたい、と思うことがある。
ここでまた、私は、絶望的な世界を、垣間見ている。
 

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