2011年1月5日水曜日

土地に呼ばれて

 
この度、私はウズベキスタンに行こうと決めた()が、決めただけなのである。
まず、ダンナが先頃隣国で騒乱があったようなヘンなところに、一人で行くことに反対するだろうと思ったが、「本懐を遂げよ」と、意外とOKを出してくれた。
ダンナがOKを出してくれるということは、ヒヴァが、かの荒涼とした砂漠が、猛烈に私を呼んでくれているのだと思う。それか反革命的作家プラトーノフ()が、共産趣味的な旅路へ招待してくれたのか。あるいは旧ソ連の日本人抑留兵が彼岸の季節に異国の地に眠る我らが元へ訪れたもれと。

旅行にしろ引越しにしろ、その土地に「呼ばれ」なければ縁の無いもの、と私は思っている。
私がこれまで訪れた土地は、全て縁あって、その土地に呼ばれて訪れたものばかり。

少なくとも引越しに関して、私はダンナと出会った時からこれまで、行く先々に「八」の字がついてまわる。そして近くに必ず八幡宮がある。
思い当たることがある。

ダンナに出会うまで、私はお付き合いするような異性との出会いも無く、このままふつうの人のようにカップルになってお付き合いをしたり、という経験をすることなく、一生が終わりそうな気がしていた。
その頃、たまたまバイト先のオーナーの奥さんが、「私が元旦に八幡さんに縁結びの願をかけると必ず叶う」と仰るので、私は奥さんに願掛けをお願いしておいた。
それからほどなくしてダンナに出会ったのだが、まるで八幡神が「忘れるなよ、叶えたったぞ」とでも言わんばかりに、行く先々で「八」の字をマーキングしてくれているカンジ。

私は否応無く苦労もしたが、けっこう恵まれた人生を歩んできた方だと思う。この旅行の経験は恐らく冥途の土産にもなるだろう。

とはいえ、私は春にウズベキスタンに行こうと決めただけなのである。
準備も段取りも色々あるのだが、果たして私は春、かの地に行けているだろうか。
 

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