2011年2月2日水曜日

傲慢な心の範疇に

 
かなりリアルな夢を観た。

脳性まひの赤ちゃんを抱えた若い母親がアンケートをとっていて、私はそれに回答している。
回答用紙に記入している間、その赤ちゃんが私の方をみている。
私は今もこれからも、この他人の赤ちゃんに、何かしてやることはない。自分の中の後ろめたい嘘くさい善意の中の、硬い一粒の確かな「やさしさ」の存在を感じつつ、私は夢の中で葛藤して、うっすら涙を浮かべていた。
ふと前を見ると、私と同じようにアンケートに回答している、若いサラリーマンも涙を浮かべている。彼も恐らく、私と同じような気持ちなのだ、と思った。

業とでもいうか、今の世の中を幸せに生きていると、余程の努力をしない限りは、多くの人は傲慢にならざるを得ない。
だから仕方がないという言い訳で終わると、心は傲慢なままだ。

今、私は健康に特に問題無く五体満足の状態で思う不平不満は、かなり傲慢なものだ。
厄介ごとを心から排斥するのではなく、心に「気にかける」ゆとりを持つことが「やさしさ」の一歩なのだが、傲慢な心の範疇に、この脳性まひの赤ちゃんを気にかけるだけのスペースがあっただろうか、いや、無かった。忘れていた。

夢から醒めて、近頃失われていた心の潤いを取り戻した。
 

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