2011年2月8日火曜日

世の中の不都合な真実は、全て都市伝説なのだ、と信じぬくことがポジティブシンキングだとは思わない。

 
今いる教室を見渡すと、世の中が軽薄過ぎて、つまらない。
浮薄な、浅薄な、上滑りのペラペラな薄っぺらい、何の深みも感じ取ることができない、何が面白いのか、幸せなのか。

この消費社会では、「消費者はこういうものを求めている」という既成事実から先に作られる。「私はこれを求めていたんだ」と錯覚させて、誰彼なく社会を廻していく。
私はそこから抜け出したくてもがいているのだと思う。私が縫製の勉強をしようと思ったのも、このもがきゆえだった。だから私は、「服が好き」なのではない。(

「結局、幸せなんて、誰かの犠牲の上にしか成り立たない。犠牲になったのが誰かなんて、知らなければいい」

と、諦めのさばることをよしとすることは、私が私である限り、やりたくない。と、思いに対して正直であろうとするならば、私は一方で偽善者呼ばわりされるだろう。しかし少なくとも、せっかく貧乏なのだから、私は自分自身に嘘をついて生き続ける不幸からは解放されていたい。

自分が得た喜びや楽しみが、誰かの幸福の機会を奪って得たものならば、私はそれを、喜ぶことも楽しむこともできない。それを幸せだと感じるのは、億劫でできない。鬱になる。

やはり私にとっては、誰が何と言おうと、見てくれではなく、私自身が心で感じた最高のものが真実なのだ。それ以外のものを、私は決して本心から認めることはない。

誰かを犠牲にせずとも幸せになれるような自律の実現こそが、私の夢である。これは、本心だ。
夢を叶えるための最初の行動は、まず、顔を夢の方向に向けることから。
 

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