2011年3月16日水曜日

揺れた

 
最初の揺れの時は自宅にいた。
貧しいのでテレビが無いので、自宅では大体ラジオをつけている。
そのため、最初の揺れは緊急地震速報の段階でわかったのだが、なぜ震源が東北なのに、滋賀が揺れているのか。

築35年のブラジル荘()の2階。かなり長い間、酔うほど揺れた。

生まれが神戸なので、阪神淡路大震災を経験している。とはいえ、工学部で土木建築を学んだ父が、家を購入する際に「災害に強い立地条件」を選んだためか、被害は無かった。
それでも、阪神淡路大震災の時の大きな揺れは、世界の終わりかな?と思った。

だから、この度の揺れの時間の長さは、阪神淡路大震災よりも長かったと思う。向かいの公園に飛出してきた近隣の人と目が合ったので、思わず「デカい!」と叫んだほどに。

そしてまず、千葉のダンナの安否を確認したが、いくつかメールを送っても、応答が無かった。
最初の揺れからおよそ4時間後に、ようやく「大丈夫」と一言返信があり、ホッとした。

恐ろしいことに、倉庫でフォークリフトを運転してる最中に揺れたらしい。
ラジオとネットがある私よりも、ダンナは何があったのか、状況を把握するのに時間が要ったようで、職場から10kmの道のりを歩いて帰ったあとで、怒っていた。

「原発ってのは、放射能を浴びるために作ったんだ。それ以外考えられないだろ。ちょっくらチンコ出して全裸で放射能浴びてくるわ。しかしあの地震予知連絡会の公無員クズレみたいなのとか、氏ねばいいのにな。あいつらが真っ先に全裸で放射能浴びるべきだろ!!」

それでも目先の欲得で「安心・安全」を謳って原発推進に手を貸す輩はいるんだろうな、と思うと、私自身も怒りを禁じえない。

今、ダンナの住む場所は停電だそうだ。キャンドルナイトだ、と写メを送ってきた。

学校が修了してから、千葉に引っ越す予定だった。
これから住む場所を決める矢先だったのだが、当分は何も決められないだろう。
今貰っている給付金が底をつく前に、引っ越して、次の仕事を決めたかったのだが、今は心を鎮めて研ぎ澄ますのが先で、慌てても仕方が無い。

それよりも、先ほど富士宮市を震源とする地震で、またしても自宅が揺れていた。
浅間大社のコノハナサクヤヒメもご乱心か。富士山噴火したら、どうするんだ。
それより、あのあたりには浜岡原発もあるのに、どうするんだ。

そう、一昨年亡くなったうちの父。
反原発で、原発推進のエラい人の講演会の質疑応答で「本当のこと」を訊いたら、エラい人を怒らせてしまい、会場をつまみ出された経緯があった。
こういった思いの魂は娘に受け継がれている。(

色んな人が、色々と、腹を括らねばならない時期だろう。
浮ついたものではなく、目先の利益にがっつくのではなく、もっと冷静に、未来を見据えたい。

次の世代に、私たち大人は、魂を繋いでいく役割()がある。それをおろそかにしてはいけない。
 

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