2011年3月21日月曜日

旅の準備

 

 店長ブログを更新しました→こちら(

あと5日後には機上の人になっているのかと思うと、不思議なカンジだ。
トランジットでソウルに寄るのだが、実は韓国も初めてなのだ。
旅のしおりに「ソウルで乗り換え」って書いてあるのに、何で「仁川」なのか、最初わからなかった。

連休中、旅先で歩き回る用のカバンを作った。
エコバッグの型紙でハギレを使って、手提げ・肩掛けにもなるズタ袋にした。
表地と裏地の間にウレタンスポンジを挟んであるので、衝撃にもある程度強い。そして中は巾着袋になっている。
肩掛けのヒモは、単に肩掛けのみならず、バザールなどを歩く時、手提げにして、ヒモを手首に巻いて持ち歩けるようにするためである。手に持ったカバンをいきなり奪われたとしても、簡単に持ち去られないために考えた。
中の巾着も口を絞っておけば、カバンの中に手を忍ばせても、盗るのが難しいように工夫。

と、新しい便利なカバンなど買う金が無いので、色々知恵を絞るのである。
しかし一番の難関は、現地の言語がウズベク語だということか。行った後でキリル文字の読み方を知っておけばよかったとか、後悔していそうだ。
行ってもあまり人と喋らないように、常に日本大使館の位置を確認しながら散策するようにしたい。

出発5日前になって、ようやくビザが手元に届いた。
震災のパニックで、東京にある各国大使館が、地方に拠点を移しはじめていると聞き、ウズベキスタン大使館はどうかな、などと思っていた。どうだったのだろう。

ウズベキスタンもけっこう地震の多いらしく、旧ソ時代に日本人抑留者が強制労働で建てたナヴォイ・オペラ・バレエ劇場というのがある、これが1966年の大地震でもびくともしなかったことで、今もタシケントの観光名所のひとつらしい。

この度の地震に関わらず、私はこのナヴォイ劇場と、抑留者の墓参りは、最初から旅行の目的としていたのだが、なんだか皮肉なような、共時性過ぎるというか。


先頃の3月17日、経団連会長の米倉とかいうジさまが、原発について「津波に耐え素晴らしい」だの原子力行政について「胸を張るべきだ」()などと、芥川龍之介の『地獄変』のような発言をしていたが、一般的に『地獄変』を単にポジティブなものの考え方のひとつの寓話としか捉えられない感性の乏しさが、米倉のような愚かなジさま並びに、その取り巻きたちをのさばらせる原因の一端だろう。
恐らくこのジさまであれば、ナヴォイ劇場もこの度の原発と同様の発言をしそうだ。

私はこの度訪れる予定のナヴォイ劇場を、米倉たちとは違う感性でもって、脳裏に焼きつけてきたい。
 

0 件のコメント:

コメントを投稿