2011年4月4日月曜日

タシケント・ヘタレ旅⑬~雨降る異国の青いモスクにて

 


やはり、ウズベキスタンに来たからには、あの青いモスクを見なければ。
サマルカンドより規模は小さいとはいえ、タシケントのメドレセもモスクも、カファリ・シャーシ廟も美しかった。
メドレセ(神学校)では、そこで勉強する男の子たちが、民芸品を作って販売もしていた。勉強しながら働き、そして伝統的な技術を保護することは、とても理に適ったことだ。また、他所の地域行けば、女の子のメドレセもあるのだそうな。


私が行ったのは雨季だったため、その日は生憎の雨だったが、あれらの古い建物は、空が青いことを願って青く彩られているのだと、ガイドのハッサンは言った。

雨のそぼ降る、異国のこの美しい広場で、イケメンガイドと二人で歩いている、私、何?フフ…。

私は旅先で、人の顔を撮るのはあまり好ましくないという思いがあり、しかし後になって、ガイドのハッサンの美しい写真を撮らなかったことだけは、深く後悔した。
しかしまぁ、写真を残さないことで、思い出はより美しく光り輝くようになるかもしれない。



私がこの旅を「タシケント・ヘタレ旅」と銘打ったのは、元は旧ソビエトの反革命的作家・プラトーノフの小説を読んで、無性にヒヴァのイチャン・カラに行きたくなったところが、予算と時間の都合で、その目的が果たせなかったからなのだ。
(その無念さと合わせて、この投稿の末尾に、追記としてプラトーノフの作品から引用しておく。作中では「ヒヴァ」と書かれていたが、実際には「ヒワ」と発音するようだ。)

しかし、「青の都」サマルカンドやブハラに行っていないとはいえ、タシケントではウズベキスタン歴史博物館とティムール博物館に行き、ハッサンの解説で随分と勉強させてもらったから、それなりに行って見てきたような気分は味わえたので、よかった。
そして何より、絹と綿の生産地であるフェルガナやヌクスに、次の機会に恵まれたなら是非とも訪れたいと願う。


最後に。

日本にも、ヒロシマの「爆心地復元事業」という努力をされている方がおられるが。

私は、この度のウズベキスタンの歴史的遺跡建造群や、ポーランドの第二次世界大戦でフルブッコになったワルシャワ旧市街()など、こういった「壊されてもしぶとく元通りに造り直す」心意気にシビれる。
壊されたら壊されっ放しという腑抜けの日和見ではなく、誇れるものを、あくまで「元通り」に。
この粘り強い魂こそが、そこにあるものの文化的価値を高めるのだろう。
「元通り」にしようと思うと、元がどうであったのかを、きちんと記した資料や、それを理解する知識と根気、元を作った職人と同等の技術を持った職人の腕、次世代に伝える先達の寛容さ等々が必要になってくる。
更に、大勢の「元通りにしてみせる」という、力強い意思が息づいてこそだろう。

難しいこと。しかし。
こういったことが魂の継承であり、歴史の、その民族の宝だと、胸いっぱいに痛感する私だった。


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 追記:プラトーノフ『ジャン』より
「僕はその民族を知っていますよ」「その民族は何てよばれているんだい?」「別に呼称はないんですよ。でも、自分たちでちょっとした名前をつけていますがね」「どんな名前を?」「ジャンです。魂とか、いとしい生命とかいう意味でしてね。…」

ヒヴァの領主はすでに久しい以前から、この役にも立たぬ臆病な民族を自己の権力で苦しめ続けていた。ヒヴァの住民が処刑と苦しみを見て、恐怖心をいだき、戦慄するよう、素性不明の人間や居所不明の人間を残らずひっとらえるよう命じた。

最初のうち、ジャンの人々はヒヴァをおそれ、多くの者はまだ何もされぬうちから恐怖のあまり虚脱感をおぼえたほどだった。彼らは自分の身や家族を案ずるのもやめ、たえまない無力感にとざされて、ただ仰向けになって寝ているばかりだった。

生きていることがだれにとっても喜びや特典とは思われなかったし、死ぬことが苦痛でもなかったので、人々はその時一様に、領主の一族を粉砕するか、でなければ何の未練もなくこの世に別れをつげようという心構えになっていた。

「お前は永い間わしらに死ぬことを教えこんできた。わしらも今じゃすっかり慣れたから、みんなで一遍にやってきたんだよ。わしらがまた忘れちまわないうちに、みなが楽しんでいるうちに、早く死を与えてくれ!」

「死っていつくるの?僕、欲しいよ!」チャガターエフは母にたずねた。「ねぇ、母さん、生きてゆこうよ、何も考えずに。どうせ僕らなんて、いないも同じなんだから」

陽気にはしゃいでいる人間を罰するのはむずかしいものだ、なぜなら彼らは悪を理解していないからだ。殺し得るのは、死をおそれる相手だけ。


チャガターエフは全員を集め、生きていく気があるのかどうか、きいてみた。だれ一人何も答えなかった…。この民族に必要なのは忘却であり、やがては風が広大な砂漠の中で彼らの身体を冷たくし、徐々に削りとってゆくのだろう。

チャガターエフはみなから顔をそむけた。なにしろ彼の民族は、世界でもっとも貧しい民族なのである。彼らは砂漠での困窮と日雇い仕事とで身体を使いはたし、人生の目的を考えることを忘れ、意識や興味を喪失していた。

それというのも、彼らの希望なぞ、今まで一度として、どんな程度でさえ、実現したことがなく、みなが機械的に生きていたからである。

この民族には、たとえちっぽけなものにせよ、魂が残っているのだろうか、それといっしょに行動して全体の幸福を作りあげることができるような魂が?それともずっと以前にすべてが苦しみぬいて、貧者の知恵である想像力さえ死んでしまったのだろうか?

チャガターエフは知っていた。人間に対するあらゆる搾取は、支配を目的としてその人間の魂を歪め、死に順応させることからはじまるのである。さもなければ、奴隷が奴隷にならないだろう。

そして、魂に対する暴力的な損傷は、奴隷の理性が錯乱と化するまでつづけられ、ますます強められる。奴隷の内に存する《聖霊》の征服から、階級闘争がはじめられるのである。

おまけに、支配者自身の信じているものや、その魂や神などに対する非難は、決して赦されないし、奴隷の魂の方は虚偽と、心身の荒廃をもたらす労働とで痛めつけられるのだ。

「この民族は、生きることを恐れているんだよ、すっかり忘れちまって、信じないのさ。彼らは死んだふりをしているんだ。さもないと、幸福な、強い連中がまた苦しめにやってくるからな。この民族は、だれが見ても欲しい気を起こさないような、だれにも必要のない、いちばん小さなものだけを、自分のためにとりわけたんだよ」


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